あの日のこと
「ママ、今日ね、お外で遊ぼうって言ったら、誰も一緒に遊んでくれなかった…」
幼稚園から帰ってきた翔太の声は、いつもより小さい。莉子の胸がギュッと締め付けられる。
「そうなんだ。それは悲しかったね」
莉子は、翔太を抱きしめる。翔太は、目に涙を浮かべながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「武瑠くんが、『翔太くんとは遊んじゃダメって言われた』って……。悠人くんも、ヒナちゃんも」
またか。
安城武瑠は、幼稚園のリーダー的ママ安城夏美の一人息子だ。莉子の脳裏に、嫌な記憶が蘇った。
一ヶ月ほど前のことだ。翔太は同じ年長児クラスの武瑠と、些細なことからトラブルになってしまった。いつものように、幼稚園のお迎え時、子どもたちはしばらく園庭で遊んでいた。そのとき、武瑠が翔太に向かって、
「翔太のママ、いつもダサい、おばあちゃんみたいな服着てるー。貧乏人だからなんだろ」
と、意地悪な言葉を投げかけたのだ。実は、その直前に、二人は遊具の順番で揉めていた。武瑠が割り込もうとしたのを翔太が譲らず、見かねた先生が間に入って、順番を守らない武瑠を叱った。その一連の出来事を、早めに迎えに来ていた莉子も、夏美も、見ていたから知っていた。
武瑠は叱られて悔しかったのだろう。確かに莉子は普段からゆったりとした木綿のワンピースやチュニックを愛用しているのだが、「おばあちゃんみたい」「貧乏人」という言葉には傷ついた。しかし、翔太は莉子以上に腹を立てたのだ。
翔太はカッとなり、武瑠を突き飛ばしてしまった。幸い、武瑠に怪我はなかったが、武瑠が泣き出したので、先生や、ママたちも集まってきた。莉子は翔太を叱った。
「翔太、お友達に乱暴なことはしてはいけない」
「でも、武瑠君が……」
「でもじゃありません。まず、突き飛ばしたことを謝りなさい」
翔太はしぶしぶ、武瑠に謝った。武瑠はぷい、と顔をそむけて走っていってしまった。そのとき、夏美は能面のような無表情な顔で、武瑠の背中を見つめていた。
園庭からの帰り道、莉子は武瑠の母親である安城夏美を呼び止め、改めて謝罪の言葉を述べた。
夏美は、生まれも育ちも都内で、実家は有名なレストランチェーンを経営していると聞いていた。夫はIT関連の実業家で、自身はかつてアパレル関係の仕事に就いていたらしい。スラリとした長身に、いつも完璧なメイクと洗練されたファッションを纏う彼女は、雑誌の読者モデルもしている。幼稚園ママの中に信者も多く、まさに絵に描いたような「ボスママ」なのだ。
莉子は、夏美の美貌と社交性に圧倒されながらも、親切にしてもらっていた。夏美は、頻繁にランチ会を開催したり、クラス役員を率先して引き受けたり、ママたちに声をかけて地元のボランティア活動に参加したりと、リーダーシップを発揮していた。莉子もその都度声をかけてもらっていたし、年少の頃から、何度か家にも呼んでもらっていた。大きな戸建てて、夏になると庭に巨大なビニールプールを出し、子どもたちを遊ばせている間、ママたちはバーベキューの準備をする。親子で、楽しいひとときを過ごしたものだ。
しかし、それは彼女が認めた人間に対してのみ向けられる優しさだった。莉子は本当は気づいていた。安城親子を敵に回してならない、と。だから念には念を入れて、再度謝ったのだ。
夏美はいつもの、柔らかで優しそうな笑みを浮かべて言った。
「そんなあ。大丈夫よ、莉子さん。男の子同士なんだから、あれくらいのこと」
本当は武瑠の順番抜かしや意地悪な言葉がきっかけなのだが、お互い、そのことには触れなかった。
「また明日ね。莉子さん、翔太くん」
夏美はいつも通り感じよく、にこやかに手を振ってくれた。莉子は安堵し、再度、翔太に話した。
「嫌なことを言われても、どんなに腹が立っても、乱暴は駄目だよ。ちゃんと言葉で、それは嫌な言葉だから言わないでって伝えようね」
そう諭しながらも、自分が綺麗事を言っていると感じた。でも、子育てにおいては、綺麗事は大事なのだ。一昔前なら、「男だろ、やられたらやり返せ」と子どもを鼓舞する親が少なからずいたと思うが、昨今では、暴力は絶対に許されない。たとえ正当防衛でも、やり返してはならないと、幼稚園でも指導されている。
翔太は少し納得がいかない様子だったが、
「わかった」
と呟いた。それから、きっと顔をあげて、
「ママはおばあちゃんぽくないよ。僕、ママが着ているお花のワンピース、可愛いから好きだよ」
と言ってくれた。莉子は愛しさが胸に溢れ、翔太をぎゅっと抱きしめた。そして帰りに翔太が好きなアイスを買い、ふたりでおやつに食べたのだった。
仲間外れと突き返されたお菓子
その翌日のことだ。いつものように幼稚園に翔太を迎えに行くと、園庭に、夏美を中心とした仲良しママたちが集まって、なにやら深刻そうに話をしていた。
「こんにちは」
莉子は、自分から声をかけた。すると彼女たちの輪がさっと崩れ、みんな自分たちの子供のところへ行ってしまった。確かに莉子に気づいたはずなのに、全員が無視をしたのだ。
みんな、それぞれの子どもと連れ立って、同じ方向へ帰っていく。翔太とも仲のいいヒナちゃんが、
「武瑠くんち楽しみだねー」
とはしゃいだ声をあげた。見れば、ママ友たちはみんな、手土産らしきものをぶらさげている。
莉子と翔太は園庭に取り残された。莉子はまだ、なにが起きたのか理解が追いついていなかった。
しかしそれから徐々に、事態が明らかになってきた。莉子が所属していたLINEのグループは、一斉にママたちが抜けて、気づけば莉子しか残っていなかった。幼稚園に迎えに行くと、翔太がぽつんとひとりで砂遊びをしている場面を何回か見た。親子で比較的仲が良かった篠原悠人の母、沙也加も、莉子と目があっても気まずそうにそらし、思い切って話しかけても「用事があるから」と逃げるように行ってしまう。
つまり、莉子と翔太は、親子でグループから外されたのだ。それもあからさまな方法で。
夏美は、幼稚園のママ友グループの中でもリーダー的存在だ。他のママたちは彼女の発言に逆らえないだろう。莉子も、夏美の機嫌を損ねたくない一心で、いつも笑顔で接していた。
幼稚園から帰宅後、落ち込んで涙をためる息子を、莉子は強く抱きしめることしかできない。
「翔太は何も悪くないよ。ママは翔太の味方だからね」
しかし。さすがに一ヶ月も経つと、莉子自身も心身ともに疲れてくる。最近ではまったく食欲がわかず、家で仕事をしていても、集中できない。
だから、夫の健一に、相談してみることにした。
「翔太が幼稚園で仲間外れにされてるみたいなの。原因は些細なケンカなんだけど、相手の子のママがちょっと…」
莉子は、夏美との一件を説明した。しかし、健一は、面倒くさそうな顔をする。
「子ども同士のケンカだろ? そんなこといちいち気にするなよ。幼稚園のことは君に任せているんだから、上手くやってくれ」
莉子は、夫の無理解な言葉に深く傷ついた。分かってはいたのだ。健一はこういう人だ。莉子の悩みや苦しみに、正面から向き合ってくれたためしがない。息子の翔太にさえも。
「夏美さんにも武瑠君にも、ちゃんと謝ったのに。謝り方がよくなかったの? わたしはどうすればよかったんだろう」
莉子は、自責の念に駆られ、涙が止まらなかった。実は、トラブルがあった翌週、思い切って手作りのクッキーを焼いて綺麗に箱につめ、夏美に渡そうとした。夏美は困ったような笑顔を浮かべた。
「ええ?こないだのことなら、気にしないでってお伝えしたわよね」
「でも、夏美さん……わたし」
「申し訳ないけれど、うちでは、よそ様の手作りのお菓子はご遠慮しているの。武瑠も主人も食べ物にこだわりがあるから」
それは嘘だ。莉子は何度か、お菓子を焼いてママ友たちに差し入れしている。夏美はいつも、大げさなほど褒めてくれたのに。
「じゃあ、明日にでも別の……あ、ゼリーとかだったら」
「面倒くさいわね」
確かに聞いた。ぼそっと、独り言のような言葉を。もちろん、夏美は聞こえるように呟いたのだ。恐る恐る夏美の顔を見ると、口角があがって微笑を浮かべているのに、目は笑っておらず、獲物を狙う猛禽類のような鋭い光がある。莉子はなぜか震え上がり、同時に、心が完全に折れてしまった。
あれからもう一ヶ月。事態はなにも変わらず、翔太は明るくふるまっているが、時々暗い顔をしている。今日のように、突然泣いてしまうこともある。莉子も悶々とした日々を過ごしていた。
しかし、同じマンションのママ友、美紀と話して、気持ちを切り替えようと決意したのだ。
「もうママ友に振り回されるのは嫌だ。私は、私らしく生きていく。そして、翔太を守る」
クッキーなんか焼いていって、相手の機嫌を取ろうとしていた自分が恥ずかしい。莉子は、息子を守るために、せめて自分だけでも毅然とすることを心に誓ったのだった。
第三話に続く
よりこも、子どもたちが幼稚園時代はいろいろありました。当時を思い出すと、いまだに胸が苦しくなるわ。さて今回は、AIのGemini5割程度で書きました。プロンプトも5回くらいやり直しさせたんだけど、Geminiは本来、小説は得意じゃないのかも。薄い会話ばかり続くので、結局書き直したり、書き足したり。それでも出だしや流れなど、だいぶ楽にはなるわね。実験も兼ねているので、もうしばらくこの形での連載を続けてみます。よかったらまた読んでね!
この小説は管理人が実験的にChatGPTやGeminiを使って書いたものです。プロンプト(骨子)設定や細かな修正や加筆はライターよりこが行っています。
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